新川に関する賃貸情報
今回の質問はどのような質問かな?
質問:
地元に昔人達の間で、名古屋市では東区や千種区、名東区、瑞穂区などが高級文京区住宅街として昔から名高く、西区・中村区・港区・南区、中区金山周辺、北区の新川を越した区域を環境が良くないとか、ガラが悪い、とか、いい塾や先生はいないとか言われるのはなぜなんでしょう?昔からその土地にはそういう所以があるということを御存知でしたら、現在の利便性で無く、歴史的観点からご存知の方がおいでになれば教えていただきたいのですが。
お、面白い質問ですね。
ピッタリの回ですね☆:
西区、中村区など一つの区といっても、広いので区全体で風土が一致しません。名東区などは、昔はただの山で、人なんて住んでいなかった地域です。東区も全体が文京区とは言えません。新川の賃貸に関する情報に関する情報を見たいなら、DOOR賃貸へステキな暮らしが見つかる。区のみで分ければ、元々の名古屋そのもが、ガラが悪いことになってしまいます。区の中にも地域性が幅広く分かれます。戦前の繁華街は、大須と西区の円頓寺(えんどうじ)でした。名古屋の多くの映画館や、芝居小屋、演芸場などはこの二地区に集中していたと言われます。繁華街ではそれなりにガラも悪くなるでしょう。
中村区は、大正時代に大須地区にあった遊郭が大移転され、中村遊郭として夜の町ができました。でも大門(オオモン)と言われる、ほんの一角です。
中村遊郭は日本三大遊郭のも数えられる賑わいだったそうです。金山以南、南区などは、工業発展の礎を担った街で、労働者が多かったから気の荒さもでたのでしょう。港区も港特有の各種権利や海運関係で気の荒さがあったと言えるのでは?それに対し、東区の一部は古くから武家屋敷、瑞穂区あたりには、経済界の人々が、居を構えたからであって、全ては偏見です。それぞれの街によさはあり、人と人の関係はかえって下町っぽさも古い町のほうが強く、情があっていいものと思います。なんと言っても西区は名古屋城のある区です。中村区は名古屋駅のある区です。とは言え、名古屋駅や金山など大きな駅のあるところは、かつて闇市が街を作った点もあります。
闇市が悪いのではなく、人々の生活を支えた役目からも闇市が担った役目は大きかったと思いますが、多少の法の網の目をくぐった商売で合ったりは否めないと思います。上野のアメ横もそういう点から同じと思います。
私の知る中村区のある町内からは、同じ町内で、何人もの優秀な人を輩出しています。北区には詳しくないので良くわからないのですが、北高校なんかは、それなりに優秀ですがね。ただ、昭和45年の評判の悪かった学校群制度導入時に、旭丘高校と組むことになり、いっきにレベルが上がっただけとも言われてますがね。大曽根界隈中心にあのあたりも下町要素が強く感じられることは確かです。軍需工場が多かったのも確かだと思います。
次回はどんな質問がかな?楽しみですね!
オススメの注目記事はこちら
Posted: 9月 25th, 2010 under 未分類.